- 2019.10.08 台風19号、非常に強い勢力で、列島に接近、直撃のおそれ
- 2019.08.03 高野山へ行って来ました。
- 2019.01.06 オレンジフェリー
- 2018.12.31 高知県立牧野植物園 その②
- 2018.12.31 高知県立牧野植物園
- 2018.12.30 北川村 「モネの庭」マルモッタン
- 2018.12.28 道後温泉の建造物
- 2018.12.24 撮影に使用された坂本龍馬の生家を再現 その②
- 2018.12.23 撮影に使用された坂本龍馬の生家を再現
- 2018.12.22 開明学校
11日から17日にかけて山陰地方の旅行を計画していましたが、残念ながら中止にせざるを得ません。
以下、ニュースを引用掲載させて頂きます。
台風19号は30℃前後もある非常に暖かな海面上で、急激に発達しており、月曜日午後9時の時点で、中心気圧915hPa、最大風速55メートル、最大瞬間風速75メートルという今年最強の大型で猛烈な台風となりました。
タイトル画像で台風の姿をみると、雲の中心付近に針でつついたような非常に小さな台風の眼があるのが確認できます。
そしてこのあとさらに発達し、火曜日午前9時には、中心気圧900hPa、最大風速60メートル、最大瞬間風速85メートルという驚異的な勢力となり、水曜日にかけて、最盛期の状態となる予想です。
その後は徐々に勢力を弱めながら北上する見込みですが、それでも予報円の真ん中を予想通りの勢力で進むと、土曜日(12日)午後9時には、中心気圧950hPa、最大風速45メートル、最大瞬間風速60メートルの非常に強い勢力を維持した状態で、東海地方に接近してくる見込みです。
またこの時点で、早ければすでに東日本に上陸し、内陸を通過している可能性もあり、西側へ進めば、四国、また東側へ進めば、伊豆諸島を通過している可能性も考えられそうです。
もし、予想される進路の真ん中を進むと、強い勢力で首都圏を直撃するおそれもあり、先日の台風15号で甚大な被害を受けた千葉県などでは極めて憂慮される事態となるかもしれません。
接近場所やタイミングは太平洋高気圧が鍵を握る
台風19号は本州付近に接近し、上陸するおそれが高まっている状態ですが、まだ中心が接近する場所やタイミングはある程度の幅を持って考えることが必要です。
そしてその鍵を握っているのが台風の東側にある太平洋高気圧です。
上図は台風19号が金曜日に日本の南に北上している段階での予想で、台風の東側に壁のように太平洋高気圧が位置しています。この高気圧の勢力により本州付近へ到達するタイミングや場所が変わってくると思われます。
もし高気圧が強ければ、より西側を北上し、西日本に到達してから偏西風に乗り、北東進して、列島を縦断する可能性があり、もし高気圧が弱まれば、早い段階から北東へ転向し、房総半島の南を離れて通過する可能性も考えられます。
いずれにしても、台風中心の右側(東側)に入る地域を中心に、暴風や大雨などに、厳重な警戒、あるいは最大級の警戒が必要となりそうです。
ほんと、もう敵わん、暑いですねえ。
先月の7月20日に高野山へ行って来ました。
下の娘の友人にポーランドの21歳の女性が居て、7月18日にわが家へ再度遊びに来て下さいました。
これは、娘が1年間アメリカ留学へ行くため、その前に会いに来てくれた訳です。
彼女は、大の日本好きで母国語のポーランド語に加えて英語、日本語も話せます。
また、国際手話も出来る本当にスーパーマルチな女性で、聞けば、大学で心理学を専攻しているとの事、その才能には驚かされます。
日本人の女性よりは日本人らしいです。
昔の日本人の女性ってこんな感じの人だったんだろうなあ?と思うほどです。
7月20日土曜日は、下の娘が別の用事があって一緒に行けない為、私達夫婦が高野山へ案内する事になりました。
高野山の交通アクセスに電車を利用しますが、「天空」と言う世界遺産・高野山へ行く特別列車があります。
前もって予約を取り、乗りました。https://www.nankaikoya.jp/tenku/about/
高野山はホントに涼しいですねえ。
標高867mに位置し、世界文化遺産に登録されている「高野山」は真言密教の聖地です。
皆様、ご存知の弘法大師・空海が修行場として開山し、1200年もの長きにわたり、身分や宗派を越え多くの観光客がこの地を訪れています。
見学するには色々ありますが、まずは昼食として高野山のお寺の精進料理を体験してみたい為、予約が必要なので最初に高野山宿坊協会 中央案内所へ行き、精進料理の予約をお願いしました所、食事の場所は清浄心院と決まりました。
清浄心院は高野山の奥之院に最も近い宿坊・寺院である別格本山である事が分かりました。
その為、観光としては奥の院へ行き、12時前に清浄心院へ行きました。
清浄心院は、太閤豊臣秀吉が花見を催したとされる門内の名木傘桜をはじめ、桃山時代の借景など、高野山の伝統様式を今に留める魅力がありました。
(清浄心院の中庭です。)
清浄心院では、火を扱った護摩行があり、そこで大相撲の貴乃花親方、プロ野球広島の新井貴浩内野手らが、燃え上がる炎の前で全身全霊を込めて唱える煩悩を炎と一緒に焼き尽くす修行をした事があるそうです。
凄いですね。私なんかは護摩行の火を見ただけで、夏でしたから暑くて退散しました。(笑)
それでは、昼食としての精進料理の写真をば。
(高野豆腐もあり、胡麻豆腐も美味しかったです。)
下の写真は、高野山の入口・大門の写真です。
左右に大きな仏像が立っています。
大門裏側の仏像です。
高野山の観光は、最低2日間は必要ですね。
ですから、1泊2日の方が高野山全体の観光が可能な様です。
私達は、時間がなくて4時半まで2、3点絞って帰りました。
本当の意味で、本物の清浄なお寺と言いましたら、静岡県にある富士大石寺の日蓮正宗ですね。
日蓮正宗から見れば、高野山の観光は謗法かも知れない等かなり厳格ですが、地球以外の他の惑星にも多くの人間やその他の高度な知的生命体もある事、高度な文明社会では物心とも高度な科学が進歩・発達していて、テレパシー能力があれば想念が通じる為、地球の言う様な宗教がない事、宗教によって霊性の向上が難しくなるなどの理由で私は特に気にしていません。(笑)
あくまでも観光ですから、楽しみましょうね。^^
お城の写真は、4月になればまだ徳島と香川の旅行に行きますので、それと合わせてお城の記事に取り組みたいと思います。
今回は、四国の旅行の際に乗船したオレンジフェリーのオレンジえひめの写真をご紹介したいと思います。
もう本当に内部の装飾がホテルの様に綺麗と言うか?洗練されていましたので、知らない方もいるかも?と思い、ご紹介させて頂きます。
ここは、スカイラウンジです。確か6階だと思います。
私達は左側のソファーに席をとりました。
スカイラウンジの天井です。
スカイラウンジから下に見下ろして写真を撮ります。
平たい赤い床の所が4階で、乗船口から入ったら遭遇する場所です。
ここに、ホテルと同じく受付と言うか?窓口があり、チケットを渡して部屋のキーを受け取ります。
右側の所が窓口または受付です。
私達は5階の特等室A(スイート・洋室)に泊まりました。
ドアは重く、鉄で出来ているような感じでした。
朝、帰港した時に写真を撮りました。
テーブル、椅子などの家具はすべてチェーンで繋がれています。
窓から撮った写真です。
隣の船が名門大洋フェリーです。
船の旅は如何ですか?
本日が、年末最後の日ですね。
今回は、高知県立牧野植物園です。← クリック
まず、南門から入って南園 温室から入りました。
みどりの塔と回廊です。
それが次の写真です。
すべて温室内の写真です。
本日は、少し暖かいですね。
今回は、高知県の北川村にある「モネの庭」マルモッタンです。
美しい写真は https://www.kjmonet.jp/ をクリックして見ると良いと思います。
実際に見に行くなら、花が咲く春が良いですね。
今回は秋でしたから紅葉を見るには適していますが、花をみるなら春が良いでしょう。
他にも写真があるのですが、白すぎて掲載を断念しました。
駐車場にあるお手洗いですが、タイルの模様が珍しいですね。
下の写真はタイルを拡大しました。
より綺麗な写真であれば、右へクリックです。→ https://www.kjmonet.jp/
この頃、ものすごく寒いですね。
皆様お変わりありませんでしょうか?
さて、今回は道後温泉の建造物に関する記事です。
日本の建築は本当に感心する位、繊細ですねえ。
現代はプラスチックなどの石油をもとにした素材が使われていますが、昔の人は殆ど自然の素材で作られている辺りは流石としか言いようがありません。
当時はなかったのですから、当たり前と言えば当たり前なんですが、じゃあ現代でも自然の素材だけで作るか?と言われたら、時代の流れでそれはそれは難しいのかも知れませんね。
それでは玄関から見ていきましょう。
玄関の左側
玄関の右側
これは、裏側です。
凄い彫刻があります。
どう見ても龍の顔ですね。
裏側の右側にはいります。
繊細な彫刻ですね。もう芸術でさえあります。
道後駅近くのスターバックスのお店です。右は有名な時計台です。
最後に、おやつを頂きました。
先ほどの記事の続きです。
NHK大河ドラマ「龍馬伝」の撮影に使用された坂本龍馬の生家を再現されているのが分かります。
流石はロケ、作りが意外と細かいのには驚きました。
色々な展示があります。
下級武士の家に生まれたと言われていますが、これでも一般庶民の自宅と比較すれば造りがまだ豪華な方です。
それにしても、当時はガラスの代わりに和紙をたくさん使っていた事が分かりますので、面白いですね。
これは台所とダイニングルームの様ですね。
階段は意外に急角度ですね。
当時は、寿命が現代程長くはなかったので、介護が必要な寝たきりの高齢者と言うのは居なかったのかも知れませんね。
自宅の中に水を引き込んでいます。
上水道なのか?下水道なのか?は分かりませんが、このように自宅の中までに水を引き込んでいる事自体が大変な驚きです。
なかなか興味深いですね。
今回は、坂本龍馬に関する観光です。
JR高知駅前の「こうち旅広場」の南側には、土佐勤王党を組織した武市半平太、海援隊の前身・亀山社中を結成した坂本龍馬、陸援隊を組織した中岡慎太郎の銅像が凛々しく立ち並んでいます。
JR高知駅前です。
架線がないのは珍しいです。
NHK大河ドラマ「龍馬伝」の撮影に使用された坂本龍馬の生家を再現されていて、撮影時の秘話や見所などが記載された展示パネルもあり、細かい部分まで楽しめました。
続き
今回は、開明学校です。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用掲載させて頂きました。
↓
開明学校(かいめいがっこう)は1882年(明治15年)に愛媛県西予市宇和町(旧・東宇和郡宇和町)に建てられた、四国最古の小学校である。
重要伝統的建造物群保存地区として選定されている宇和文化の里(宇和町卯之町)の施設のひとつ。
開明学校の前身は1869年(明治2年)に左氏珠山の門下生や町民の有志により建てられた私塾・申義堂であった。
1872年(明治5年)、申義堂を校舎として開明学校が開校。
1882年(明治15年)に現存する校舎が竣工した。
その後、校名や用途をたびたび変更し、1976年からは教育資料館として、戦前の教科書と学校経営資料など約6000点を展示している。
地元の大工によって建築された擬洋風建築であり、建築史上、教育史上に価値が高い。
また、屋根裏から発見された「開明学校新築始末書」という銘札によって、建築の時期と事情が明らかである。
歴史的価値の高いものとして評価され1997年5月に国の重要文化財に指定された。
私塾・申義堂 の内部です。
開明学校の正面です。